その傾向を反映するように、進学希望者の勉強時間も減っている。
たとえば国公立大学希望者では、79年の百四12分から97年の百七分へと減少した。
勉強量が学力に反映するとすれば、この変化は、大学入学者の学力低下の可能性を示している。
しかも、問題はこうした変化がどの高校生にも同様に生じているわけではない点にある。
勉強時間の減り方は、親の職業や学歴といった家庭的背景と関係しているのである。
数字は省略するが、親が高学歴であるほど、勉強時間が長く、しかも十8年間での変化も小さい。
また、父親が専門.管理職である場合と他の職業の場合とを比べると、専門.管理職の子どもほど勉強時間が長く、その減り方も小さい。
つまり、どのような家庭に育つかによって、学習時間の差が広がりつつあるという結果が得られたのである。
どれだけ勉強するかが個人の努力を示すとすれば、以上の結果は、そうした努力にも家庭環境の違い(階層差)が反映していることを意味する。
育つ環境によって個人の知的能力が違うことは研究者によって指摘されてきたが、どれだけ勉強するか(させるか)という努力さえもが家庭環境によって異なり、しかもその差の拡大が示されたのである。
努力の差の拡大が学力差と結びつくとすれば、だれをも競争に駆り立てて勉強に向かわせていた受験プレッシャーが弱まったことで、階層間の学力差も拡大している可能性がある。
こうした変化が教育改革と関係しているとすれば、なんとも皮肉な結果である。
個性重視と受験競争の緩和をめざした改革は、思わぬところで教育における不平等を拡大しているかもしれないからだ。
画一化を嫌い、個人の選択を尊重することは、どの集団にとっても同じ結果をもたらすわけではない。
異論の唱えにくい「個性重視」の名のもとで、教育の階層差が拡大する。
その結果は、社会の不平等の拡大につながるかもしれない。
勉強時間という単純な指標から、その兆しが見えてくる。
平等を犠牲にすることをどれだけ覚悟のうえで改革を進めるのか。
日本社会の7曲がり角は、教育のSだけにとどまらないのかもしれない。
[21世紀への視座]K谷剛彦さんと考える「教育システム」など、実際に教育の現場に影響が出始めているようです。
「T大文系の2年生の授業で、鎌倉幕府の成立と滅亡の年を尋ねたところ、以前ならほとんどが答えられたのに、最近はどちらかを知らない学生が3分の1いました。
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